電車が、光りをまばゆく反射させながら、入線する。
ドアが開く。忠夫は、電車に乗る。
席が空いている。忠夫は、腰を下ろした。
背後から、初秋の陽光を受ける。不快でなく、心地いい。
夏去りぬか。
忠夫は、本を取り出し、読みはじめる。
視線を感じた。焼けるような、熱さを持った視線。
忠夫は、視線を動かさずに、周囲を窺う。相手を捉えることはできない。
軽く欠伸をしてみせながら、背後の窓を振り返る。
窓ガラスの反射の中に、視線の持ち主を探す。相手を捉える。40前後の男。
忠夫は、視線を本に戻す。
ページをめくりながら、男のイメージを、記憶の中にあるイメージと、1つ1つ照合していく。
忠夫の心の中で、3年前のぎらつく夏の太陽が甦った。
焼けついたアスファルトの道路。
忠夫は、犯人の取調べを、新米の部下に任せた。
一瞬の隙を見つけて、逃げだす犯人。口から血を流し、道路に仰向けになった部下。
忠夫は、犯人の背中と部下を見較べた。
忠夫は、犯人を追った。犯人との距離は、なかなか縮まらない。
忠夫の視界には、真夏の太陽と犯人の背中しかない。
咽喉が乾いたぜ。
その時、犯人が振り向いた。苦しそうな表情。
忠夫は、追い付けると確信した・・・あの時の男か。
電車が止まる。
視線の持ち主が、立ち上がる気配がする。そのまま、出ていった。
忠夫は、顔を上げる。空っぽの席があった。
夏去りぬ。
忠夫は、今度は、口にだして言ってみた。
1995/09/07