視界一杯に広がる、草原。強い風。
草原は、海のように、波うっている。
海面の下には、少年と少女が風を避けて潜っている。
女神よ、熱情の毒を塗った愛の矢をこの身には向けられますな。
少年の目が、悪戯っぽく輝く。
それって、私はさかりのついた猫になりたくないってことだろう。
少女は、溜息をつく。
君って、頭はいいけど、最悪ね。
少年は、ニャオと鳴いてみせる。
少年は、風の音に耳を澄ます。それから、話し始めた。
ほら、夢の中で、知った人に会うだろう。昔の人は、それは、その人が自分のことを思ってくれるからだと考えたんだ。素敵な考え方だと思うんだ。
まず「私」という存在があるんじゃなくて、人の思いが先にあるんだ。
夢は、「私」の思いが、創るんじゃなくて、人の思いが創るのさ。
少女は、それについて、しばらく考えてみる。
つまり、私たちは、生きているんじゃなくて、思いに生かされているのね。
少年は、にっこりと微笑む。
だから、君が好きさ。
ひときわ強い風が、草原を通り過ぎる。
風が、草に立てさせた音が、周りを包む。
それから、静寂が戻る。
2人は、なにか大きなものが、そっと触れて、立ち去ったのを感じた。
1995/09/09