2016/03/27

 視界一杯に広がる、草原。強い風。
 草原は、海のように、波うっている。

 海面の下には、少年と少女が風を避けて潜っている。

 女神よ、熱情の毒を塗った愛の矢をこの身には向けられますな。
 少年の目が、悪戯っぽく輝く。
 それって、私はさかりのついた猫になりたくないってことだろう。

 少女は、溜息をつく。
 君って、頭はいいけど、最悪ね。
 少年は、ニャオと鳴いてみせる。

 少年は、風の音に耳を澄ます。それから、話し始めた。

 ほら、夢の中で、知った人に会うだろう。昔の人は、それは、その人が自分のことを思ってくれるからだと考えたんだ。素敵な考え方だと思うんだ。
 まず「私」という存在があるんじゃなくて、人の思いが先にあるんだ。
 夢は、「私」の思いが、創るんじゃなくて、人の思いが創るのさ。

 少女は、それについて、しばらく考えてみる。
 つまり、私たちは、生きているんじゃなくて、思いに生かされているのね。
 少年は、にっこりと微笑む。
 だから、君が好きさ。

 ひときわ強い風が、草原を通り過ぎる。
 風が、草に立てさせた音が、周りを包む。
 それから、静寂が戻る。

 2人は、なにか大きなものが、そっと触れて、立ち去ったのを感じた。

1995/09/09