2016/04/02

 萩子は、自分の流す涙の量に驚いている。

 次から次へと、ぽろぽろ溢れてくる。
 少し心配になる。

 生物の時間を思い出した。人体は、ほとんど水でできている。
 私は、それを実証しているわけか。
 可笑しくなる。

 でも、別れようという言葉は、あまりにも悲しすぎる。
 萩子は、窓ガラスに映る自分を、しばらく眺めた。
 コーヒーの香りに、初めて気付く。

 明るく気持のいい陽光に満ち満ちた夏が終わり、秋が訪れる。

 夏が終わろうとする時、人は、あれほどにも元気だった陽光が、弱々しさをみせるのを見て、不安になる。
 光りが漲っていた空は、暗い雲に覆われる。しっとりとした雨が、降り続く。
 人は、夏を恋しがる。

 しかし、やがて雨に磨き抜かれたような、美しい秋が現われる。
 そんな秋は、心に染み入るような美しさを持っている。

 夏は思い出となり、人は、秋のどこか淋しげなきらめきを楽しむ。

 萩子は、スケッチ・ブックを持って、砂浜に腰を下ろしている。
 夏の賑わいが終わった、秋の海。

 萩子は、その海を丹念にスケッチ・ブックの白の空間に写し取っていく。
 人間は、海から生まれた。だから、ほとんど水分でできている。

 あれから、何年たったんだろう。
 萩子は、立ち上がる。

 海風を感じた。

1995/09/21