萩子は、自分の流す涙の量に驚いている。
次から次へと、ぽろぽろ溢れてくる。
少し心配になる。
生物の時間を思い出した。人体は、ほとんど水でできている。
私は、それを実証しているわけか。
可笑しくなる。
でも、別れようという言葉は、あまりにも悲しすぎる。
萩子は、窓ガラスに映る自分を、しばらく眺めた。
コーヒーの香りに、初めて気付く。
明るく気持のいい陽光に満ち満ちた夏が終わり、秋が訪れる。
夏が終わろうとする時、人は、あれほどにも元気だった陽光が、弱々しさをみせるのを見て、不安になる。
光りが漲っていた空は、暗い雲に覆われる。しっとりとした雨が、降り続く。
人は、夏を恋しがる。
しかし、やがて雨に磨き抜かれたような、美しい秋が現われる。
そんな秋は、心に染み入るような美しさを持っている。
夏は思い出となり、人は、秋のどこか淋しげなきらめきを楽しむ。
萩子は、スケッチ・ブックを持って、砂浜に腰を下ろしている。
夏の賑わいが終わった、秋の海。
萩子は、その海を丹念にスケッチ・ブックの白の空間に写し取っていく。
人間は、海から生まれた。だから、ほとんど水分でできている。
あれから、何年たったんだろう。
萩子は、立ち上がる。
海風を感じた。
1995/09/21