空気は、湿って重い。
細かい雨が、降っている。
枝を四方に広げた大きな木。
根元に少年が、立っている。
少年は、木を見上げる。
少し前までは、陽光に緑を輝かせていたことを思う。
風が渡ると、さわさわと気持のいい音を聞かせてくれた。
いまは、葉の1枚1枚が、雨にしっとりと濡れ、軽快さを失っている。
少年は、そっと溜息を吐く。
会社に急ぐ人たち。
彼らも、白い輝きから、陰欝な暗い色に変わっている。
タバコの煙が、空中で軽く流されている。
水分をたっぷり吸い込んだアスファルトの道路を、自動車が、走る。
路面は、自動車の赤い光を反射させる。
少年は、木に視線を戻す。
木は、どう感じてるんだろう。
少年は、周囲を見渡す。それから、木の幹に軽く耳を当てた。
なにも聞こえない。
木が身じろぎした。
少年は、驚いて木を見上げる。
暗いグレーの空に広がった、枝。
何事もない。
どんと背中を叩かれる。
少年は、バランスを失い、2、3歩よろめく。
振り返ると、少女が、笑っている。
大きな口を開けて、ぼんやりしているなんて、ずいぶんみっともいいわね。
少年は、顔を赤らめる。
少し遅れてしまったわ。急ぎましょう。遅刻するわよ。
少女は、少年の手を引っ張る。
少年は、またよろめく。
木が笑った。
少年は、振り返って、木を見る。
なにしてるの、本当に遅れるわよ。
少女に手を引かれながらも、少年は、何度も振り返る。
とうとう少女は、怒ってしまう。少年を置いて、どんどん先に行く。
少年は、しばらく木を眺める。
それから、少女を追った。
1995/09/19