2016/04/02

 空気は、湿って重い。
 細かい雨が、降っている。

 枝を四方に広げた大きな木。
 根元に少年が、立っている。

 少年は、木を見上げる。
 少し前までは、陽光に緑を輝かせていたことを思う。
 風が渡ると、さわさわと気持のいい音を聞かせてくれた。

 いまは、葉の1枚1枚が、雨にしっとりと濡れ、軽快さを失っている。
 少年は、そっと溜息を吐く。

 会社に急ぐ人たち。
 彼らも、白い輝きから、陰欝な暗い色に変わっている。
 タバコの煙が、空中で軽く流されている。
 水分をたっぷり吸い込んだアスファルトの道路を、自動車が、走る。
 路面は、自動車の赤い光を反射させる。

 少年は、木に視線を戻す。
 木は、どう感じてるんだろう。
 少年は、周囲を見渡す。それから、木の幹に軽く耳を当てた。
 なにも聞こえない。

 木が身じろぎした。
 少年は、驚いて木を見上げる。
 暗いグレーの空に広がった、枝。
 何事もない。

 どんと背中を叩かれる。
 少年は、バランスを失い、2、3歩よろめく。
 振り返ると、少女が、笑っている。

 大きな口を開けて、ぼんやりしているなんて、ずいぶんみっともいいわね。
 少年は、顔を赤らめる。
 少し遅れてしまったわ。急ぎましょう。遅刻するわよ。
 少女は、少年の手を引っ張る。
 少年は、またよろめく。

 木が笑った。
 少年は、振り返って、木を見る。

 なにしてるの、本当に遅れるわよ。
 少女に手を引かれながらも、少年は、何度も振り返る。

 とうとう少女は、怒ってしまう。少年を置いて、どんどん先に行く。

 少年は、しばらく木を眺める。
 それから、少女を追った。

1995/09/19