2016/03/29

桜花

 義雄は、北鎌倉の駅で降りる。

 陽射しは厳しいが、風が吹きわたり涼しい。
 義雄は、鎌倉にある公園まで歩く。さすがに汗をかく。

 桜花は、静かに横たわっていた。
 日本帝国軍が開発した、有人ロケット弾。

 義雄は汗を拭いながら、721海軍航空隊すなわち神雷部隊への募集が実施されたのも、こんな暑い日だったと気付いた。

 神雷とは、桜花のことだった。
 だから、募集といっても、それは、国家のために死ねという命令だった。

 友が、応募した。
 誰かが、行かなければならない。
 義雄は、ただ何度も頷いただけだった。

 トトト・ツー。神雷部隊が、無線を発する。攻撃突入。
 その無線を発した後、神雷部隊は、完全な沈黙を守った。

 後に人々は、その沈黙は、死を強いられた人間の精一杯の抵抗ではなかったかと話し合った。
 けっきょく、神雷部隊は、沈黙のなかで、全滅した。

 桜花は、ついに母機から発射されなかった。
 友は、栄光の死も拒否されてしまった。

 犬のように死んでいったのだ。

 海風が、義雄と桜花の間を通り過ぎる。
 義雄は、デイ・パックから写真を取り出す。

 古く、空気に酸化され黄ばんだ写真。
 義雄と友が、並んで写った写真。

 まだ、20代の友は、屈託なく笑っている。

※桜花は、日本帝国軍が実際に開発した兵器です。

1995/09/14