2016/03/27

約束

 突然の眩暈。

 激しい勢いで、老人は畳みの上に、仰向けに倒れる。
 それから、老人の1人住まいの家は、静まる。

 太陽が、天空を横切り、空を赤く染めてから、沈む。
 びっくりするほど大きな月が、昇る。

 月光が、窓から老人の上に降り注ぐ。
 老人は、目を開ける。しばらく月を見つめる。
 そうか、俺は朝からこうしていたのか。

 簡単な四則演算をしてみる。よし、頭には異常はないようだ。
 老人は、身体を点検する。身体にも異常はない。
 ゆっくりと起き上がろうとした。だめだ。何度か試みて、老人は諦めた。
 そのまま、月の光りの中に、身を横たえる。

 戸を叩く音。
 誰だろう。戸が開けられる。
 だめじゃないか、約束を破るなんて。澄んだ声がする。
 月明かりの中に、ほっそりした少年の姿が浮かぶ。

 おお、孝夫じゃないか。
 老人は、懐かしさに涙を流しそうになる。

 老人と孝夫は、池の話を聞いた。
 満月の夜になると、月に誘われるようにして、大きな大きな魚が現われる。
 老人と孝夫は、その魚を見に行こうと約束したのだった。

 老人は、眠ってしまった。
 孝夫は、1人で池に行き、溺れ死んだ。

 孝夫、すまなかったなあ。
 少年は、微笑みながら、首を横に振る。
 ばかだなあ、今から行くんじゃないか。

 孝夫は、手を差し出す。老人は、その手につかまる。
 老人は、少年の姿に戻っている。

 2人の少年が、月光の道を歩いていく。

1995/09/12