突然の眩暈。
激しい勢いで、老人は畳みの上に、仰向けに倒れる。
それから、老人の1人住まいの家は、静まる。
太陽が、天空を横切り、空を赤く染めてから、沈む。
びっくりするほど大きな月が、昇る。
月光が、窓から老人の上に降り注ぐ。
老人は、目を開ける。しばらく月を見つめる。
そうか、俺は朝からこうしていたのか。
簡単な四則演算をしてみる。よし、頭には異常はないようだ。
老人は、身体を点検する。身体にも異常はない。
ゆっくりと起き上がろうとした。だめだ。何度か試みて、老人は諦めた。
そのまま、月の光りの中に、身を横たえる。
戸を叩く音。
誰だろう。戸が開けられる。
だめじゃないか、約束を破るなんて。澄んだ声がする。
月明かりの中に、ほっそりした少年の姿が浮かぶ。
おお、孝夫じゃないか。
老人は、懐かしさに涙を流しそうになる。
老人と孝夫は、池の話を聞いた。
満月の夜になると、月に誘われるようにして、大きな大きな魚が現われる。
老人と孝夫は、その魚を見に行こうと約束したのだった。
老人は、眠ってしまった。
孝夫は、1人で池に行き、溺れ死んだ。
孝夫、すまなかったなあ。
少年は、微笑みながら、首を横に振る。
ばかだなあ、今から行くんじゃないか。
孝夫は、手を差し出す。老人は、その手につかまる。
老人は、少年の姿に戻っている。
2人の少年が、月光の道を歩いていく。
1995/09/12