夏の太陽の光りを、きらめかせている、プールの水面。
プールの片隅にある、どっしりした、大きな木。
その木は、地面から、吸い上げた水を、葉の表面で、蒸発させる。
熱は、気化熱となり、木は、傍らの人間を、涼気で、包む。
信男は、木陰で、気持ち良さそうに、眠っている。
早朝練習、午前中の練習を終え、昼食には、カレーを食べた。旨味しかった。
人の気配がする。信男は、目を覚す。先輩だった。
起こしてしまったようね。私も、ここで寝ていいかしら。
信男は、黙って頷く。
先輩は、スイミング・タオルを広げると、信男の側に、横たわった。
木の周りでは、風が、吹いている。葉が騒めく。
信男は、目を閉じた。気持がいいなあ。
先輩の身体が、信男の身体に触れた。
信男は、少し考えた。身体をずらす。また、触れてくる。信男は、そっと身体をずらした。
ふーん。
先輩の声が聞こえた。その声には、軽侮の響きがあった。
自尊心を傷付けられ、信男の顔が、さっと赤らむ。
僕は、どう振る舞うべきだったんだろう。
それでも、信男は、眠ってしまったらしい。
さあ、練習よ。
先輩の凛とした、声に起こされた。
目を開けると、先輩の微笑んだ顔があった。
信男は、自由型の長距離選手だった。
午後の練習は、100mを30本、10秒休みで、5セットやる。かなり、辛い練習だ。
練習は、3セット目に入っている。着いた途端に、マネージャーの冷酷な、秒読みの声が、聞こえる。
・・・5、4、3、2、1、ゴー!
信男の頭の中には、先輩のことは、もうなにも無い。
水面の輝きだけがある。
1995/08/26