2016/03/18

シャドーマン

 大気の中の光りは、きらめきと一緒に、優しさも持っていた。
 木々の葉は、色づき始めている。郊外の静かな公園。
 幸せそうな、家族が行き交う。

 男も、妻と小さな女の子を連れている。
 子供は、嬉しくて、笑い声を上げている。妻は、愛おしそうに子供を見つめている。
 これ以上、なにを望む。

 爆音。
 男の身体は、一瞬宙に浮く。次の瞬間には、したたか地面に叩きつけられた。
 男の目の前に、ちぎれた手が、落ちてきた。娘の手だった。
 男の意識が無くなる。

 テロは、いつだって、有効さ。
 現政府が、市民の安全さえも、守れないということを、効果的に宣伝できる。
 市民は、心から、安全を望むようになる。
 その時、俺達が登場するのさ。

 みなさん、我々にお任せください。この社会から、あらゆる暴力を葬り去りましょう。

 俺達は、指導者の地位を手に入れ、この退廃した社会の代わりに、理想の社会を作る。
 完璧だろう。

 裸電球の光りが、地下室の床に、テロリストの影を作り出している。
 その影が、立った。
 影の手が、日本刀のように、水平に振られる。
 テロリストの首が落ちる。ゴトンという音がした。

 夜。月は、雲に隠されている。
 白い建物。

 建物の壁面を、男たちが手際よく登っている。
 男たちは、全員1つの窓の中に消える。
 建物の室内。男たちと、ベットと、ベットの上に横たわる男。
 1人が、ベットに近づき、男の生命維持装置を外す。
 波形を描いていた計器が、直線を表示する。
 これで、奴も現われないさ。

 窓から、風が入る。カーテンが、はためく。
 雲は、風に流され、月が顔を見せている。
 月光が室内に男たちの影を作った。

 影が、動く。

1995/08/19