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2016/03/15

生きる

 組に入ってから、1年ほど立った頃、和夫は、拳銃の扱い方を、教えられた。

 教えてくれたのは、和夫の兄貴分に当たる人だった。

 その人は、無造作に、鞄に手を入れた。鞄から出された手には、拳銃が載せられていた。メタリック・シルバーのそれは、ピカピカに光っていた。

 和夫は、おもちゃみたいだなと思った。それは、凶器というよりは、ガラス・ケースの中に、飾られるべきもののように見えた。

 弾が込められる。安全装置を外す音がする。

 その人は、グリップを和夫の方に向けて、拳銃を和夫に差し出した。
 和夫は、反射的に、拳銃を掴んだ。
 俺を撃ってみろ。和夫は、驚愕した。
 俺を撃て。その人は、恐ろしい眼差しで、和夫を睨んだ。
 和夫は、震えた。

 悲鳴と共に、引き金を引いた。弾は、外れた。
 拳銃は、あっという間に、その人の手の中に戻った。
 和夫は、足を撃たれた。撃たれたショックで、気を失った。

 意識が戻ると、ベットに寝ていた。足には、包帯が巻かれていた。
 枕元には、あの人が、立っていた。

 いいか、和夫。拳銃はな、少しでも、逸れると、当たらないんだ。
 その人は、右手を拳銃の形に造ると、腕を伸ばし、和夫の足に押しつけた。
 拳銃は、こうやって使うものさ。

 その方法で、和夫は、その人を射殺した。
 和夫は、優秀なヒットマンになった。
 人を殺すことは、朝、顔を洗うことと、同じことだった。

 和夫は、時々考える。
 人を殺すことさえ、退屈なことだ。
 多分、生きることには、なんの楽しみもないのだろう。

1995/07/22

2016/03/14

サングラス ver. 1.1

 夜。ネオンサイン。
 人、人、人。

 疾走。
 追う者と追われる者。
 女の身体を掠める追う者の身体。振り返る、女。
 追う者の背中が映る、サングラス。前に戻される、サングラス。
 人の流れに消える女。

 暗い路地。
 追う者に、組み伏せられている追われる者。

 手錠。
 立ち上がる追う者。

 光と人に溢れた、空間。
 青年。受話器をつかむ手。
 やった!捕まえた。
 男の低い声が返ってくる。ゆっくりと戻される、受話器。

 行き交う、人。
 取り出される財布。笑っている、若い女性の写真。
 ゴミ箱に放り込まれる写真。立ち去る青年。

 光と人。ゴミ箱。青年が立っている。
 写真をつかむ手。写真を眺める、青年。
 破られる、写真。潰される、ゴキブリ。

 外国人の溜まり場。サングラスの女。
 女の手から渡される、紙幣。

 明るく、清潔な通り。女と外国人達。
 外国人達に、買い与えられる服と靴。服の折り返しと靴の踵と胃袋に隠される、白い粉。

 空港。女と外国人達。搭乗手続きをする、女。
 空港の広い空間。周囲を見回す女。

 駆け出す女。開けられる、コイン・ロッカー。
 拳銃の鈍い光り。バックに放り込まれる、拳銃。

 レストラン。
 フルーツ・パフェを前にした、女と子供。

 電話。
 喋らなければ、殺す。

 裏切った外国人達のいるビル。女と外国人達。
 女は、腕を伸ばす。拳銃が、火を吹く。
 1発、2発、3発、4発。

 逃げる、ハイヒール。
 追う革靴。

 酒場。
 青年がいる。サングラスの女が、入って来る。

 女の隣に、腰を下ろす青年。
 僕は、今夜、失恋した。理解が足りなかったんだ。
 女は、青年を見つめる。人を知ろうとしても無駄だわ。人は変わるものだから。それに、人を知ろうとすれば、不幸になることもある。

 外される、サングラス。
 麻薬ディラーと刑事が向かい合う。

 銃声。
 青年の身体が残され、女は、消える。

1995/07/18

サングラス ver. 1.0

 夜。繁華街。人混み。

 駆ける人。追いかける男。

 男の身体が、サングラスの女を掠める。女は、構わず、歩き続ける。男は、相手に追い付く。組み伏せ、手錠を掛ける。

 いいことがあれば、男はいつも恋人に報告した。受話器を上げ、カードを入れる。恋人ではなく男の低い声がする。ゆっくりと受話器を戻す。終わりだ。

 女は、外国人の溜まり場に行く。何人かを選ぶ。服と靴を買い与える。マンションに連れて行く。白い粉を、外国人達の靴の踵、服の折り返し、胃袋に隠す。

 空港。
 女は、搭乗手続きを済ます。外国人達は、全員消えている。
 女は、一瞬、うろたえる。事態を把握すると、溜まり場に引き返す。

 コイン・ロッカー。
 女は、拳銃を取りだし、バックに入れる。

 溜まり場。
 女が通り過ぎると、影の中から、1人出てきた。そのまま、女を跡ける。

 下り階段。
 女は、駆け下りる。相手も、走る。
 階段の下では、待ち伏せがあった。女は、冷静に、正確に、拳銃を撃つ。轟く銃声。

 女は、そのまま、街の中へ、疾走する。煌めく、ハイヒールの輝き。

 男は、酒場にいる。理解が足りなかったんだ。今度入ってくる人に恋しよう。期限のない恋にしよう。

 サングラスの女が、入って来る。男は、女の隣に腰掛ける。
 石は好きかい?どうして聞くの?君を知るためさ。
 女は、男を見つめる。
 人を知ろうとしても、無駄だし、人を知れば、不幸になることもあるわ。

 女は、サングラスを外す。麻薬のディーラーと刑事が向かい合う。

 銃声。
 男は残り、女は去る。

1995/07/15

2016/03/12

デスペラード

 イーグルスのドン・ヘンリーの歌声が流れてきた。

 その甘いハスキーな声は、デスペラードについて歌っていた。メキシコ人は、西部時代のアウトローたちのことをそう呼んだ。

 お前が、望んだのは、手に入れることができないものだけだった。

 ドン・ヘンリーの歌声の中から、メキシコのどこまでも広がる青空が、浮かび上がってくる。
 その青空を背景にして、シリアル番号60566のコルト型のピストルが姿を現す。
 ウィリアム・H・ボニーのピストルだ。すなわち、ビリー・ザ・キッドのピストルだ。

 保安官のパット・ギャレットは、ベッド・ルームの闇の中に身を潜ませた。

 静かな寝息が聞こえる。ギャレットは、闇に目が慣れるのを、待った。
 ビリーは、相手の鏡像だけを見て、相手を射殺したそうだ。足が震えている。手は?手は震えていない。なによりだ。
 ゆっくりと、大きく息を吸う。それから、静かに吐き出した。ここは空気が少ない。
 なぜ、俺はこんなところにいるのだろう。
 やがて、闇に目が慣れる。間違いない。ビリーだ。
 ギャレットは、銃を向ける。同時に、ビリーの目が開く。
 誰だ。スペイン語が、鋭く響く。ギャレットは、夢中で、引き金を引き絞った。1発、2発、3発。後は、轟音となった。
 ビリーの身体が跳ねる。シーツに火がつく。ギャレットは、弾を全て射ち尽くした。

 再び、闇と静けさが訪れる。ベッド・ルームは、火薬と血の臭いで満たされている。

 こうして、ビリー・ザ・キッドは、21歳の若さで死んだ。

1995/06/05

2016/03/11

死の本能

 11月、パリ、早朝。
 空気は、冷え込み、やがて来る冬の寒さを予告していた。

 ここは、北門、ポルト・ド・クリニャンクール。路上に、車が止まっている。男と女とプードル犬。

 女が、口を開く。あなたの自伝を読んだわ。男は頷く。ともかく、題名は最低ね。「死の本能」。男が呟く。あなたの望みは、死ぬこと?女は、男の顔を覗き込む。

 男は、タバコを取り出す。マッチで火を点ける。窓を小さく開く。冷たい空気が、入ってきた。題名は、出版社の人間が付けた。そのほうが、売れるからだ。

 男は、タバコを消し、窓を閉め、ヒーターの温度を上げた。女の付けている香水の香りが立ち上ってくる。カボシャール。いつも、女は、この香水を付けていた。飽きの来ない不思議な香り。強情っぱりか。この女には、ピッタリだ。

 車は、静寂に包まれている。その静寂さの中で、パリ警視庁のライフルの照準器が、男を捉えている。

 ライフルの数は、4丁。引き金が引かれる。
 4つの方向から、4つの弾丸が、男に向かう。4つとも、男に着弾する。

 1つが男の体内に止まり、あとの3つは、男の体の中を周遊した後、飛び出した。
 その内の2つが、女とプードル犬を襲い、1つは、車の天井を突き抜けた。

 男の体は、着弾のショックで跳びはね、車を揺らす。
 静寂が、戻って来る。
 静寂の中で、ウィンドウを真っ赤に染めた、車が揺れている。

 やがて、その揺れも止まった。

  1. 公敵ナンバー1ジャック・メスリーヌが、1979年11月2日、パリの路上で、愛人、プードル犬と共に、パリ警視庁によって射殺されたこと
  2. 彼に、「死の本能」という自伝があること

   以上の2つは事実です。

1995/06/02

2016/03/09

 時は中世、場所は、ヨーロッパ。

 石造りの城の中で、戴冠式が執り行われている。床には、青の絨緞が敷き詰められている。
 ビショップが、キングとなるべき人物に、剣を渡す。キングとなるべき人物は、受け取った剣を、祭壇に捧げた。こうして、剣の役目は終わった。

 本来は、戦いの場で、血の雨を降らすはずであった、剣は、不満のあまり、ゴトリと音を立てて転がり、床に落ちた。
 そうする資格が、この剣にはあった。この剣は、生きている間から、その神業的技術故に、伝説となった、職人の手になるものだった。
 その職人は、思想を持っていた。剣は、人を殺すためにある。だから、職人は、戴冠式で使われる、剣を作る時も、その殺傷能力を最大限にするように作った。そして、この剣は、職人が作った中でも、最高のできだった。
 剣が、不満を洩らしたのももっともだったのだ。

 しかし、そのために、剣は、不吉なものと見做されてしまい、地下室の奥にしまわれてしまった。

 時は、流れる。ここは、東京。

 ルイは、迷路のような、街を歩いている。

 ルイの肌は、白く透明だ。ルイは、けっして太陽の光りの中では歩かない。ルイを照らすのは、月か星だけだ。
 ルイは、なにかに呼ばれたような気がした。見回すと、小さな、古ぼけた、アンティック店があった。ルイは、店の中に入った。ボロボロになった鞘に収められた、剣が吊るしてあった。ルイは、自分を呼んだものが、この剣であることをすぐに悟った。

 剣に見入る、ルイに、店番の老爺が、歯のない口を見せて笑いながら言った。そなたに進ぜよう。誰も、その剣を鞘から抜くことのできる者は、いない。店に置いておいても、一文の価値もない。

 こうして、剣は、ルイの手の中に納まった。
 ルイは、柄に手を掛けてみた。剣は、鞘から、躍り出た。剣は、夜道の中で、新月だというのに、青白く輝いた。

 ルイは、自分が求めているものと、剣が求めているものが、同じものであることを知り、ニッコリと笑った。

1995/05/13