仕事が終わった。電車に乗る。僕の隣に女性が座る。
昔愛していた人の香水の香がする。僕は、忘れたはずのその人をいまも深く愛していることを悟る。
目をつむる。その人が隣に座っていると想像してみる。優しい気持になった。こんなに優しい気持に僕がなれるなんて。涙が浮かぶ。僕は気付かれないようにそっと涙を拭く。
電車が止る。ドアが開く。暗い長方形の空間が広がる。隣の女性が立ち上がり、その空間に消えていった。
電車が走り始める。僕の隣には、なにも無い。これからどうやって生きて行ったらいいのだろう?僕は、見知らぬ町に一人取り残された子供のような気持になった。
子供のように大声をあげて泣けたらいいのになあ。
駅に着いた。電車を降りると寒い雨が降っていた。それは、静かだけど、永遠に続く雨だった。
1994/09/27