2016/03/19

ミチ

 南太平洋。

 風は、無い。
 海は、穏やかな表情を見せている。

 水面下200m。潜水艦。

 エンジン音は、全く聞こえない。静かに、進む。
 魚たちは、大きな黒い影に驚き、さっと四方に散らばる。

 潜水艦の倉庫。ぎっしりと詰め込まれた、核弾頭。
 乗組員たちは、祈りの言葉を呟いている。

 2重3重どころか、5重6重になった、安全保持装置が、ことごとく破られてしまった。
 祈る以外になにができよう。

 ミチは、海岸に、膝を抱えて、座っている。
 ミチは、日課のように、ここを訪れては、海を眺めている。

 魚が、跳ねる音がする。潮が、引いている。
 魚は、岩の窪みに、取り残されたのだった。

 引き潮?この時刻に、潮が引くはずはない。

 ミチは、立ち上がる。
 潮は、急速に引いてる。
 取り残された魚たちが、所々で跳ねている。
 乱された水面が、光りをきらめかせる。

 ミチの見ている間に、大潮の時にも、現われたことのない、海底が、次々に太陽の光りに晒される。
 海が、大急ぎで、逃げていく。

 ミチは、海を追った。
 前方に広がっているのは、水平線でなく、地平線だった。
 ミチは、頬に風を感じる。地底から響いてくるような音が、ミチの身体を震わす。

 地平線に、水色の線が現われる。
 海が、戻って来る。恐ろしい速さで、戻って来る。

 ミチは、風に、髪を後方に、たなびかせながら、静かに待つ。

 これこそが、僕が、待っていたものなんだろう。

1995/08/29