南太平洋。
風は、無い。
海は、穏やかな表情を見せている。
水面下200m。潜水艦。
エンジン音は、全く聞こえない。静かに、進む。
魚たちは、大きな黒い影に驚き、さっと四方に散らばる。
潜水艦の倉庫。ぎっしりと詰め込まれた、核弾頭。
乗組員たちは、祈りの言葉を呟いている。
2重3重どころか、5重6重になった、安全保持装置が、ことごとく破られてしまった。
祈る以外になにができよう。
ミチは、海岸に、膝を抱えて、座っている。
ミチは、日課のように、ここを訪れては、海を眺めている。
魚が、跳ねる音がする。潮が、引いている。
魚は、岩の窪みに、取り残されたのだった。
引き潮?この時刻に、潮が引くはずはない。
ミチは、立ち上がる。
潮は、急速に引いてる。
取り残された魚たちが、所々で跳ねている。
乱された水面が、光りをきらめかせる。
ミチの見ている間に、大潮の時にも、現われたことのない、海底が、次々に太陽の光りに晒される。
海が、大急ぎで、逃げていく。
ミチは、海を追った。
前方に広がっているのは、水平線でなく、地平線だった。
ミチは、頬に風を感じる。地底から響いてくるような音が、ミチの身体を震わす。
地平線に、水色の線が現われる。
海が、戻って来る。恐ろしい速さで、戻って来る。
ミチは、風に、髪を後方に、たなびかせながら、静かに待つ。
これこそが、僕が、待っていたものなんだろう。
1995/08/29