2016/03/09

鬼 1-3

 長野修一は、発掘現場にいる。

 修一達が発掘しようとしているのは、古代の日本文化だ。いや、正確には家屋だ。

 なんらかの原因で土砂に巻き込まれそのまま土のなかに埋もれてしまった家屋。たぶん大雨のせいだろう。

 この家屋は、ひっそりとした山間を突き抜ける道路を作るときに発見された。最初に発見されたのは、人間の骨だった。殺人事件として、警察が呼ばれた。そして、調査の結果、この骨が古代の人間のものであることが分かった。

 修一は、その骨から復元された人間の表情を覚えている。若者だった。どこか深いところに悲しみを秘めているような表情。
 もちろん、骨からの復元には限界があり、まったく別の顔立ちでもありうることを修一は知っていた。しかし、修一はそんな表情の持ち主だったと直感した。

 いま、修一を動かしているのは、古代の日本文化を知りたいという思いではなく、この若者について知りたいという情熱だった。

 この発掘に関しては、周りから反対された。文献が豊富にあり、文化遺産も豊かな時代の発掘になんの意味がある。それも、普通の人家だ。

 修一は、具体的なものからその時代の文化を組み立てることがいかに重要か冷静に説いて回った。そして、発掘に漕ぎ着けた。

 修一は、自分を動かしているものが、若者について知りたいという情熱と知っていた

 しかし、誰かが修一にその情熱は恋だと指摘したら、修一は、心から驚いただろう。

1994