2016/03/09

鬼 2-3

 ガラス・ケースに入れられた骨。ここは、大学の研究室だ。

 骨は、古代日本人のものだった。骨は、美しい程に白かった。真珠みたいだな。研究員の一人は、そう呟いた。

 いまは、月も眠りに就く真夜中。誰もいない。

 骨は、ガラス・ケースの中で浮かび上がる。発光する。蛍のように青白い光を点滅させる。ガラス・ケースを滑らかに突き抜ける。研究室の空間の真中で止った。研究室の温度が、一気に氷点下30度まで下がった。

 ガラス・ケースが粉微塵になる。ガラスの塵が、骨の青白光を反射させながら、部屋一杯に広がる。やがて、ガラスの塵は、床にゆっくりと舞い降り始める。

 床が、ガラスの塵で覆われた時、一人の人間が現われる。
 私は、異なるものだ。それは、そう言った。

 豊かな肩。引き締まった腰。戦う者の体だ。しかし、長くほっそりした首がそれを裏切っていた。
 その口から出るのは、戦いの叫びではなく、優しい詩が相応しい。

 自分がこうして蘇ったということは、彼も実体化したということだ。
 彼のことを考えた。自分にとって、一番大切な人間。

 2人とも、両親がいなかった。異なる者たちの小さな村は、彼らを捨てずに優しく育てた。
 2人の間には、実の兄弟よりも強い絆が出来た。2人は、幸せだった。四季の繰り返しを何度も味わって、死を迎えるはずだった。

 しかし、彼は、自分の両親が普通びとから暴行され殺されたことを知った。彼は、狂った。普通びとを殺戮し始めた。
 村には、強い掟があった。普通びとに決して手を出してはならない。誰かが、彼を殺さなければならない。その役目を引受けた。せめて、自分の手でという気持からだった。

 恐ろしい死闘が始まった。力は、互角だった。2人とも、エネルギーを使い果たした。エネルギーを回復するには、時が必要だ。彼は、生まれ変わりを選んだ。私は、骨となり時が流れるのを待った。

 戦いが、再び始まる。

 月が眠りから目覚める。月光が、研究室に差し込む。

 いや、戦いは始まらない。私は、間違っていた。
 彼が完全に蘇れば、悪鬼のような存在になるだろう。しかし、それでも私は彼を愛している。それならば、彼の好きにさせるだけだ。それが、一番正しいことだ。

 研究室にいる人間の顔に笑いが広がる。静かで優しい笑いだ。そして、その人間は消えた。

 この世界から、永遠に。

1994