2016/03/09

ケン

- いま、目の前でレンブラントの絵と猫が炎に包まれているとする。僕なら、迷わずに猫を助けるよ - ジャコメッティ

 ここは、宇宙空間の果ての果てだ。その先には、時間さえもない。ケンはそこにいる。

 ケンの仕事は、超能力者狩りだ。核兵器並の能力を持った個人は、その存在自体が、危険だ。平和のためには、超能力者は抹殺しなければならない。

 もちろん、そのことに反対する人々もいた。どんな個人であれ、その個人を大切にできない社会が、人を幸福にできるだろうか。
 しかし、ケンにとってそれはどうでもいいことだった。ケン自身が、超能力者だった。生きていくには、超能力者の狩人になるしかなかった。選択の余地はなかったのだ。

 ケンは、自分の仕事を受け入れた。それだけのことだった。

 1月前、ケンは、最も手強い相手を倒すことに成功した。細心で、且つ、大胆不敵。狡猾なことこのうえなかった相手だ。

 1度、ケンは、相手と自分の攻撃能力、防御能力、戦闘パターンをコンピュータに打ち込んで、徹底的なシュミレーションをしたことがあった。1つだけ相手を倒す方法が見つかった。ケンは、その方法を頭の中で何度も繰り返し、脳裏に焼き付けた。そして、実際に、何度もその方法で動いてみた。自動的に動けるようになるまで繰り返した。それから、実戦に赴いた。

 戦闘が開始された。5秒立った時、相手は、倒されることを知った。知った瞬間、相手は、ケンに向かって真正面から真っ直ぐに突入してきた。ケンの動きが止った。余りにも大胆だった。ケンの動きが止ったのは、100分の1秒位だったろう。しかし、相手はそのわずかな時間を利用して、逃げた。ケンの心には、悔しさよりも賛嘆の気持が残った。大した奴だぜ。

 まったくなあ、すごい奴だった。ケンの心には、その相手がいなくなり、ぽっかり穴が開いた。

 この砂を噛むような気持はなんなんだろう。ケンは、戦いという形だったが、自分とまともに付き合ってくれたのが、その相手だけだったということに気付いた。
 ケンは、自分がモンスターとして人々から嫌悪されていることを知っていた。人々の笑顔の下には強固な悪意があった。
 しかし、あ奴は違った。全身全霊で俺に付き合ってくれた。

 ケンは、その相手がいなくなって、始めて2人の間の奇妙な友情に気付いたのだった。まったくどじだな。失ってから、失ったものの大切さに気付くなんて。

 ケンが浮かんでいる空間には、歪みがあった。
 ケンは、エネルギーを発散し始めた。きれいなオレンジ色から、赤へ、そして青へ、ケンの体を包む光りの色が変わっていく。その光りの色は、一旦白光になり、再び青に変わった。吸い込まれるような青だ。
 ケンは周りに広がったエネルギーを収束させた。そして、そのエネルギーを空間の歪みに向かってぶつけた。
 歪みは鏡のようにエネルギーを跳ね返した。エネルギーはケンにぶつかる。猛烈な爆発が起こる。時空をバラバラにしてしまうような猛烈さだ。

 宇宙空間に亀裂が生じた。しかし、広大な宇宙空間は、その亀裂を呑み込んだ。

 おそらく何事もなかったのだ。

1994