誠二と恵子は、駅の階段を、人混みにもまれながら、昇っていく。
ちょうど、電車が入ってくる。人の流れが、乱れる。
2人は、後ろから押されるようにして、電車に乗る。
人の熱気が、立ちこめているが、冷房が、気持いい。
2人は、けっきょく、先頭車両の運転室の真後ろに、位置を占めた。
恵子は、ハンカチを取り出して、顔の汗を拭く。
誠二の顔にも汗が出ていた。恵子は、その汗も、ハンカチで拭いた。
2人とも、沈んだ顔をしている。
誠二のスニーカーが、床を軽く蹴っている。恵子は、それをぼんやりと見ている。
スニーカーの動きが止まる。恵子は、顔を上げる。恵子は、口を開こうとしたが、誠二の顔を見て、止めた。
再び、スニーカーが、床を蹴りはじめる。再び、恵子は、それをぼんやりと見はじめる。
電車は、止まり、発車する。その度に、人が降り、乗り込む。
誠二は、床を蹴り続け、恵子は、見続けた。
誠二は、恵子の泣き声を聞いたように思った。
恵子の顔をそっと見る。迷い子の顔。
誠二は、恵子に声をかけようと、顔を上げる。
横目に運転席の風景が、見えた。
誠二は、その風景に視線を向ける。
恵子、あれを見ろ。
誠二は、恵子の肩を引き寄せる。
レールとレールの間に、赤い花が、あった。
それは、厳しい夏の陽射しの中にも、すっくと真っ直ぐに立っていた。
通り過ぎてからも、2人は、その赤い花を見続けた。
1995/08/12