川原のきれいな夕焼けを、バックにして、人々が集まってくる。
今日は、炎が、吹き上がってくるような、酷い暑さだったが、さすがに、太陽が沈むと、川面で、冷やされた風は、爽やかだった。
夏草が、風にそよいでいる。
人々は、花火の打上場へと向かうのに、2つの影が、反対の方向に歩いている。
信男も、正子も、黙っている。
人々の騒めきが、遠くなったところで、2人は、歩みを止めた。川原に、腰を下ろす。
正子の頬は、涙で濡れている。
信男は、耳を澄ます。風の音が聞こえる。その音は、いかにも、涼しげだった。
目を開けると、真っ暗だった。
驚いて、周りを見回す、信男の耳に、ドーンという音が、響く。
夜空に、大きな花が開く。
信男の弾んだ視線が、正子を捉える。
正子の目は、ガラス玉のように、遠い輝きを反射させている。なにも見ていない。
信男は、そっと、溜息を吐いた。
川面の中で、輝きが、消えていく。風の音が残る。
信男は、口を開こうとした。
ドーン、ドーン。
信男は、夜空を見上げる。華やかで、大きな花が、次々に咲く。
信男は、すっかり見惚れてしまう。
信男は、肩に手を感じる。その手に、そっと、自分の手を重ねてみた。
その手は、熱かった。
難しいことは、なにもない。この熱さを信じればいいんだ。
顔を横に向けると、微笑んだ正子の顔があった。
1995/07/30