2016/03/16

花火

 川原のきれいな夕焼けを、バックにして、人々が集まってくる。

 今日は、炎が、吹き上がってくるような、酷い暑さだったが、さすがに、太陽が沈むと、川面で、冷やされた風は、爽やかだった。
 夏草が、風にそよいでいる。

 人々は、花火の打上場へと向かうのに、2つの影が、反対の方向に歩いている。

 信男も、正子も、黙っている。
 人々の騒めきが、遠くなったところで、2人は、歩みを止めた。川原に、腰を下ろす。

 正子の頬は、涙で濡れている。
 信男は、耳を澄ます。風の音が聞こえる。その音は、いかにも、涼しげだった。

 目を開けると、真っ暗だった。
 驚いて、周りを見回す、信男の耳に、ドーンという音が、響く。
 夜空に、大きな花が開く。
 信男の弾んだ視線が、正子を捉える。

 正子の目は、ガラス玉のように、遠い輝きを反射させている。なにも見ていない。
 信男は、そっと、溜息を吐いた。

 川面の中で、輝きが、消えていく。風の音が残る。

 信男は、口を開こうとした。
 ドーン、ドーン。
 信男は、夜空を見上げる。華やかで、大きな花が、次々に咲く。
 信男は、すっかり見惚れてしまう。

 信男は、肩に手を感じる。その手に、そっと、自分の手を重ねてみた。
 その手は、熱かった。

 難しいことは、なにもない。この熱さを信じればいいんだ。
 顔を横に向けると、微笑んだ正子の顔があった。

1995/07/30