風が起こる。樹が騒めく。その風に乗って、葉が一葉、小川に着いた。
葉は、最初戸惑ったように、あっちに行ったり、こっちに行ったりしていたが、すぐに流れに乗ることを覚えた。気持ち良さそうに流れを下った。
いまは秋。全てのものが透明な光りの中でキラめく季節だ。葉は、そのキラめきに包まれて止った。うっとりとしているように見えた。
水の表面が、かすかに揺れる。もう一葉、葉が風に運ばれて来たのだった。その葉も、最初は戸惑った。しかし、仲間を見つけるとすぐに寄り添った。
風が、それら2葉の葉を動かす。くっついたり、離れたりしながら、クルクル動く。本当に楽しそうだ。
やがて、小川は小さな滝に差し掛かる。2葉の葉は、水中に巻き込まれる。1葉だけ、水の中から出てきた。もう一葉は、水に呑み込まれたままだ。そのまま、水から出た葉は流された。
小川のほとり。風が起こる。すると、狼がいた。
狼は、水を飲む。
ふと目を上げると、葉が流されていた。葉の端から、水滴が落ちる。狼には、それが涙に見えた。
狼は、その葉をしばらく見やった。
1994