2016/03/08

死神

 冷たく澄み切った空に満月が出ている。

 雲が出る。やがて、夜空は雲で覆われる。そして、雪が舞い降りる。風が木から木へと動く。
 その風には、影が付いている。影の正体は、狼だ。

 影は一軒の農家の前で立ち止る。中には「妻」がいる。しかし、「彼」は助けることはできない。彼は、群れのリーダーだ。危険を犯すことはできない。

 彼は、木と一体化する。そして、気配を消す。彼は、待った。妻は殺されるとき、悲鳴を上げなかった。しかし、生を奪われる悲しみが彼に心に伝わってきた。

 体が震えた。血の涙が流れた。彼は雪が心の炎を消すのを待つ。しかし、消えなかった。
 彼は、悲しみと怒りの全てを咆哮に変えた。山が揺れ動くかというほどの咆哮だった。

 風が起こる。その風に乗って彼は山奥に消えた。

 彼は、後継者を育てた。そして、群れを去った。
 彼は、人間達を殺戮した。

 人間達は、彼を死神と名付けた。

1994