2016/03/13

香水 ver. 1.1

 梅雨は、なかなか立ち去りそうにない。
 今日も、線路をしっとりと濡らしている。

 昼下がり。電車は、空いている。

 透は、座席に座ると、そのまま、眠ってしまった。
 顧客の苦情で、飛び回っている。明らかに、会社のミスだった。できるだけの対応をして、顧客の信用を保たなければならない。透は、全力を尽くしている。だから、疲れる。本格的に、眠ってしまった、

 透は、心地好さに包まれた。その心地好さの中には、痛みがあった。その痛みが、透を寝覚めさせた。
 香水の香りがする。あの人が、つけていた香水だ。すっかり、忘れてしまったと思っていた人の香水の香りを、透は、目を閉じたまま、鼻の奥に吸い込む。
 透は、自分が、その人をまだ愛していることに気付く。切なさが、甦る。

 電車が、止まる。隣で、香水の女性が、立ち上がる気配がした。ドアが、開く。
 その時始めて、透は、目を開けた。あの人では、なかった。
 ドアが、閉まる。電車が、発車する。

 透の席の隣は、空っぽのままだった。透は、見知らぬ街に置き去りにされた、子供のような、孤独を感じた。
 子供のように、泣けたらなあ。
 透は、窓の外を見た。

 雲が、街を覆っている。
 雨が、街を包んでいる。

 その雨は、永遠に降り続くようだった。

1995/07/16