2016/03/13

サルビア

 夏が終わり、秋が来ていた。
 日中の暑さは、なかなか去らない。

 正男の車に無線が入る。新品のエアコンが、作動しない。正男は、場所と、電話番号を聞く。30分で行けるよ。
 あの地区だと、「おじさん」だな。何度言っても、信号線と、動力線を、繋ぎ間違える。せっかちだから、動作テストをしない。
 不思議なことに、客受けは、いい。まったく、得だよな。

 着いてみると、静かな佇まいの家だった。インターフォンで、身分を告げる。老婦人が、出て来て、案内してくれた。
 正男は、まず外機をチェックした。やっぱり、信号線と、動力線の繋ぎ間違いだ。正男は、手際良く、繋ぎ直した。
 部屋の中に入り、エアコンのスイッチを入れる。しばらくすると、冷気が流れてきて、正男の汗ばんだ肌を、癒してくれた。

 老婦人は、麦茶を勧めてくれた。正男は、遠慮なく飲んだ。おいしい。
 庭に目を遣ると、サルビアが、紅色の美しい花を咲かせていた。見事なサルビアですね。お世辞でなく、正男は、言った。
 老婦人は、驚いた。
 男の人でも、花の名前を覚えることができるのですね。主人も、サルビアが好きでしたが、最後まで、名前を覚えることができまでした。猿が、ビールを飲むと覚えたらと言ったんですが、今度は、なにが、ビールを飲むんだっけな?ですって。
 老婦人は、静かに笑った。そして、老婦人は、黙った。

 正男は、老婦人を見た。
 あの人も、もう、いないんですね。

 かすかな、エアコンの外機の音が聞こえる。

1995/07/15