- 死ぬ前にたった一度だけでいい、思いきり笑ってみたい - 『陽の当たる大通り』小西康陽
恵子は、フランソワ・トリュフォーのことを考えてみる。
母親をとても愛したのに、愛されず孤独に陥ったフランスの映画監督。トリュフォーは、死ぬまで「愛」に関する映画を撮り続けた。
恵子は、彼の映画を見る度に、彼の気持が痛いほど分かった。愛する人から冷たくされること。こんなに辛いことはない。
でも、同時に救いも感じた。彼の映画を見終わると心が軽くなっているのを感じる。不思議だなあ。
トリュフォーは、愛されなかった辛さに立ち向かうために映画を撮り続けたのではないだろうか。
私は、どうすればいいのだろう。
あの人に出会い、あの人を愛してから、私の心には悲しみしかない。言葉をかけても、冷たくされるだけ。生きる元気がみるみる無くなって行くのが分かる。
でも、こうやってその辛さを乗り越えている人がいる。私にもできるはずだ。そう私にもできるはずだ。
風を感じた。恵子は、立ち止る。
周りには、秋のキラキラした光りが溢れ返っていた。
恵子は、小さくジャンプしてみた。
1994