2016/03/10

 吾作は、働き者だった。それは、村の誰もが認めていた。

 吾作は、浅黒く、優しい表情が似合う、もの静かな若者だった。でも、少し変わり者かな。それが、村人の一致した、吾作に対する評価だった。

 去年の春から、吾作の耕す畑が変わった。村で、火事があり、一家が全滅した。畑を耕す人間がいなくなった。。地主は、この畑を、働き者の吾作に耕させることにした。畑は、大きかった。吾作は、以前の畑を、他の人間に任せてくれるように地主に頼んだ。地主は、承知した。こうして、吾作の畑が変わったのだった。

 吾作は、畑仕事が好きだった。春の光りの中で、流す汗は、とても気持がよかった。腹が減ったな。吾作は、腰を下ろす。
 それを見て、隣で働いていた、寅が、笑みを浮かべながら、やってきた。寅は、未亡人だった。吾作より、一周り以上、年上だった。吾作が耕す畑の隣の畑を耕していた。どちらかと言えば、醜かった。でも、いつも気持のいい笑みを浮かべていた。寅は、決して、人の悪口を言わなかった。寅と話すのは、気持がよかった。
 いつしか、吾作は、寅の顔を見るのを、一番の楽しみにするようになった。

 いつものように、寅が、おかずを分けてくれた。吾作は、遠慮なしに食べた。寅は、本当に料理が上手いなあ。はい、料理だけが取柄の女です。寅は、気持ち良さそうに笑った。そんな寅を見ながら、吾作は、幸せを感じた。

 こんな春のある日、寅の姿が見えなかった。翌日、寅が山道で、落石に遭って、死んだと聞いた。
 吾作は、日がとっぷりと暮れても、畑の中で、腰を下ろしていた。

 空っぽだ。

 翌朝、村人は、家の中で、首を括っている、吾作を見い出した。
 村人は、初めて、吾作の恋を知った。

1995/05/22