2016/03/10

冷酷

 私は、中世ヨーロッパのある国の王に興味を持った。

 その王は、冷酷さで知られていた。必要とあれば、女子供も、容赦なく殺した。生まれたばかりの、親族の男の子の首を将来の禍の種になるからと、自ら刎ねた。王は、どんな感情も交えずに、やってのけた。

 私が、興味を持ったのは、その王が、民衆から、愛されていたことだ。怖れられ、憎まれるのなら、話は分かる。なぜなのだろうか。

 私は、中世ヨーロッパの碩学に紹介してもらった。教授は、私の話を聞くと、頷いて、王にまつわる話を聞かせてくれた。

 タキは、豪の者として通っていた。街で、ごろつきに取り囲まれたとき、素手で、全員、殴り殺した。剣の技は、神技に達していた。光が走ったとき、敵の首は、落ちていた。

 王は、このタキに、自分の息子の教育を委ねた。
 王は、息子を溺愛していたが、そのあまりに美しい顔、優しい声、優しい心を心配していた。中世のヨーロッパで王であるためには、時には、悪魔にでもならなければならない。王は、王子に剛胆さを身に付けさせるために、タキを選んだのだった。

 王子は、一遍で、タキが気に入った。タキの単純な魂は、底まで透明だった。タキも王子が気に入った。王子の優しい心は、タキの中にある荒ぶるものを宥めてくれた。タキは、王子といると心が安らいだ。王子は、まだ5才だったが、タキは、心の中で秘かに、この人こそ、自分のご主人様だと思い定めた。

 人々は、仲睦まじくしている、王子とタキをよく見かけるようになった。そんな時、タキは、幸せな穏やかな顔をしていた。人々は、タキが優しくなったと噂し合った。

 王は、落胆した。タキの剛胆さが、王子に移る代わりに、王子の優しさが、タキに移ってしまった。
 ある日、王は、タキを呼んだ。タキよ、お前は、私の息子を愛してくれる。息子は、いずれは、この国の王になる。タキよ、王たるものに必要なものはなんだ。タキは、王が言いたいことを悟った。王であるには、王子は優しすぎる。タキは、一言、分かりましたと言うと、王の前から引き下がった。

 タキは、王子を遠乗に誘った。王子は、乗馬がうまかった。タキと王子は、草原に腰を下ろした。タキ、こうしていると本当に気持がいいなあ。タキは、笑って頷いた。しかし、タキは、すぐに顔を引き締めた。

 立ち上がる。剣を抜く。王子よ、強くなりなされ。
 タキは、一瞬で、自分の首を刎ねた。

 この王子が、成長してあなたの王になったのです。
 王は、いつも、タキの言葉を心の中で聞いていたに違いありません。強くあるために、必要以上に、自分の中にある優しさを殺したのでしょう。だから、冷酷王と呼ばれたのでしょう。しかし、民衆は、王の冷酷さの奥に、優しさがあるのを見抜いていたのでしょう。

 そう言い終わると、教授は、研究室の窓を開けた。初夏の風が、流れ込んできた。

 王子は、タキを愛していたのかもしれませんね。

1995/05/29