2016/03/10

無線

 トトト・ツー。海軍の無線室で、通信技師が、無線をキャッチした。

 技師は、俄かに緊張した。
 「721海軍航空隊」、通称「神雷部隊」の一翼が、攻撃に突入した。技師は、攻撃突入と素早く書き、伝令係りに渡す。

 神雷部隊への募集が、全軍に対して実施されたのが、去年の夏のことだった。技師の同僚も応募し、神雷部隊の一員となった。

 技師は、反対した。神雷とは、「桜花」のことだった。有人ロケット兵器。1.2トンの爆弾を、先端に搭載している。むしろ、有人ミサイルと言ったほうがいいかもしれない。誘導装置の変わりに、ミサイルに乗った人間が、ミサイルをコントロールするのだ。完全に非人間的な兵器だった。そこまで、日本軍は、追い詰められていた。

 応募と言っているが、命令さ。誰かが行かなければならない。だから、俺が行くのさ。技師は、なにも言えなかった。

 トトト・ツー。「突入」の無線を発信した後、攻撃隊は、一切の無線を絶った。技師は、その沈黙の中に、死を強いられた人間の思いを感じ取った。
 攻撃隊は、沈黙の中で、全滅した。桜花は、ついに母機から、発射されずじまいだった。

 技師は、友の写真を取り出した。
 まだ20代の友は、春の光りの中で、屈託なく笑っている。

1995/05/18