季節は、梅雨。
雨が、降り続ける。昨日も、今日も、明日も。
君子は、友達の間では、夏が一番好きだと言っていた。本当は、この季節が一番好きだ。暗い奴だと思われたくないので、黙っている。
雨が好きな作家に、レイモンド・チャンドラーがいる。
彼の作品の舞台は、太陽が一番地上を照らす日の多い地域の1つである、カリフォルニアなのに、しょっちゅう雨が降る。
主人公のフィリップ・マーロウは、強い人間だが、とても優しい心を持っている。
君子は、雨が好きな人間は、優しい人間だと信じていた。
私は、優しい人間かな?ああ、でも、私は自分のことで手一杯だ。優しさは、マーロウのような強い人間だけが持てるのではないだろうか。
そんなことを考えながら、雨の道を歩く。
鳥がいた。首を翼の中に入れ、じっと立っている。すぐ側まで行っても、身動き一つしない。身動き一つしないまま、冷たい雨に打たれている。
いつから、こうしているのだろう。君子は、立ち止り、しばらく眺める。
まるで、自分みたいだ。そう思ったとき、君子は、ブラウスのボタンを外し、鳥を胸の中に入れていた。
鳥は、大人しくしている。
鳥は、君子の肌の温もりに感謝しているようだった。
不意に涙が溢れた。
空からは、雨が降り続いている。
君子の涙も、流れ続けた。
1995/06/15