2016/03/09

星の爆発

- もっと強く 生まれたかった しかたがないね これが僕だもの - 早川義夫

 遥かな遥かな彼方。遠いという言葉が意味を無くすような遠い宇宙空間で、時空をバラバラにしてしまう様な猛烈な爆発が起こった。

 その爆発の余波は、長い長い時間。長いという言葉が意味を無くすような長い時間を経て、地球に達した。

 健太の母は、自分が小説の登場人物であることを悟った。そして、作者がいた。

 電車が止る。ドアが開く。
 作者は電車に乗る。健太の母も続いた。作者が座るのが見える。

 健太の母は、さりげなく隣に座った。窓の反射を利用して、作者を観察する。

 窓に映った顔を、最初は自分の顔かと思った。いえ、私の顔ではないわ。

 作者の顔にある表情が、いつも鏡の中で見る表情と同じだったからだ。
 なにかを失った顔。そして、その空虚を決して埋めることの出来ない顔。

 健太の母は、目を閉じた。私と同じ人間がいる。

 あの人が亡くなってから何年立つのかしら。あの人の笑顔。温もり。匂い。空気や水のようにいつも私の周りにあったもの。

 いまの私は、空気も水も奪われて、宇宙空間に放り出されている。永遠にその虚無の中を漂うのが、私の運命だ。そんな風に健太の母は考えていた。

 その運命が、人を愛した故の運命なら、甘んじて受けよう。生きることは、辛くて当たり前。そう言った人がいたっけ。

 電車の窓に映る健太の母の顔は、微笑している。

 電車が止る。ドアが開く。
 健太の母は、電車を降りる。

 作者のことも、自分が小説の登場人物であることも忘れている。

 静かに雨が降っている。

 暖かい雨だ。濡れて帰ろうかな。そう、健太の母は、思った。

1994